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2008年8月28日 (木)

匂いにつられて***

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香ばしい匂いを撒き散らす赤い暖簾は食欲をそそる

うなぎ好きの連れ合いが云う、 「毎週食べさしてぇな~~」 。。。

いいえダメです 家計が持ちません シラス高騰で急激に値上がり、特鰻900円が、ある日突然1500円になったのよ

子どもの頃、海で獲れた天然うなぎを大皿に山盛りてんこ盛り、一生分食べてしまった私はお金を出してまで鰻を買いたくない

中国産¥600- 三河産¥1.500- 味覚と価格の決め手はどちらでしょうか。 選択は消費者にお任せ 

ローマに住むNoriちゃん、市場で鰻を買い果敢に挑戦する

素人に鰻は割けない。 仕方がない!ぶつ切りにして焼く。味醂・醤油・酒で味付け。。。匂いはいいが???

日本料理は味覚プラス視覚だってこと!ぶつ切り蒲焼失敗の巻

ぶつ切り鰻の蒲焼?想像するだけで食欲減退だわ

帰国した際、ほんまもんをたっぷり味わって頂戴な***

再見

 

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2008年8月19日 (火)

若いって素晴らしい***

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 あのとき 君は 若かった~~

 1958年 (50年前) 夏のレジャー海水浴 岩場でひと休みを パチリ・・・

 さて! 私は何処でしょうかッ

 胸にサングラス、手に持つカメラはミノルタ (1ヶ月のサラリー1万円弱、カメラの価格¥39600-)ドッヒャ~

 1958年の39.600円は高額だよねえ。。。

 カメラの持ち主は私の彼・・・(左端) 坊ちゃん坊ちゃんしててスレンダーな体躯だったのね! 半世紀の間に大変身したわん

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 月日とともに、こ~んな具合にね(セントラルステーション前で・・)

 安心して!わたしは今も変わらずYoshiroちゃんのこと大好きよ

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 縦 8cm×横 13cm×巾 2.5cm お店で見つけた最先端の <SONYトランジスタラジオ>

 価格 9.800円、1ヶ月の給料全部はたいて手に入れた 働く自分へのご褒美ね (当時は珍品だった)。。。

 Love Me Tender を聴きながら街を散歩する

 うどん一杯30円、銀映3本立て50円、市電10円の頃

 石原裕次郎 (日活)は2本立て興行150円だったわ

 お洒落な母の感化で常に先端を行くファッション 自分で作る・専門店で仕立てる。

 街で一番最初にジーンズ穿いたの私よ

 港街 神戸で見つけて買ったの

 白い短パンにマリンブルーのTシャツで颯爽と街を走る

真新しい自転車で。。。(車など見かけなかった)

 街の皆が振り返る ひと際目立つスタイル

 何故かカラフルな色目の服(と云っても押さえたヨーロッパ系の赤なのに・・・自分は上品でいいと思った)に母は目を剥いて反対するのよ×××

 「赤はダメよ! 人さまに合わす顔がない。。。」 その位、地味~~な街だったのよ 

 通勤電車内は女子高生で満員、毎日私のファッションは注目の的

 よく働き・よく働き(2~3日連続完全徹夜、そのまま映画館へと突進する) 弾ける若さに負けはない

 昭和30年代は私に限らず大方の人々が戦後の復興に向けて猪突猛進していた時代でしょうね。。。

 わが町 「Toyohashi」半世紀前より活気が後退してるのはどういう事??? 

 忘れていた記憶を思い出させてくれるのは古びた数冊の日記帳、回る回る地球は回る

 今に生かせる新発見を昔の日記帳から捜すのも中々乙なものである

 日本はじっくり発展して来たが、中国の急成長についていけない人々が多く取り残されている。

 やはり階段は一歩一歩着実に上るのが上策というもの*****   続く

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2008年8月18日 (月)

いつも一緒だよ***

 8月15日敗戦記念日・お盆・が過ぎると季節は秋。 見上げれば青い空に鰯雲

 日々増す朝夕の涼しさ。5月、千の風になった母は今頃何処を吹いているのだろう???

 案外私の横でお喋りに興じているかも!昨夜の夢でも一緒だったわ

 Dsc        もしかして、夏風邪で体調の優れない息子(連れ合い)の看病をしているのかな

91才、頭脳明晰だった義母は亡くなる前日、息子を傍から離さなかった!

 直ぐ察した。あぁ、もう逝くのね!

 波乱万丈な人生だったけれど、結構楽しかったよね! 最後のお出かけは、お気に入りの回転寿司

 「ようけ食べれへんかった」 ぺろりと軽く10枚、皿の山

 押入れの奥から私が書いた、50年前の日記が出てきたんよ

 40代若くて働き者のお母ちゃんのこと、仰山書いてあるよ。薄い鉛筆で・・・・読み直して一人笑う私

 なになに、、、横で並んで観てるのね。相変わらず下手な字やな~って云いたいんでしょッ

 もう直ぐ出掛ける時間だわ! Yoshiroを起こして頂戴な

 暢気に蓮の花に座ってもおれんでしょッ

 ええ~ッ・・・お供えもんに異義ありって。

 大好きなお饅頭が欲しいってこと?

 減量中の生き仏さんがねぇ、お供えと同時におりんをチ~ン。。。直ぐ口の中なんよ!

 こっちの世界にいるとき野菜不足だったやろ!野菜ジュースお供えするさかい仰山飲んで元気出してや

 ぼちぼち会社に行くよって今日も一緒やで

 ありがとね! おかあちゃん*****

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2008年8月17日 (日)

あんみつ蜜ちゃん***

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 開け放った窓からそよそよと吹く風を受け、本を読む。。。涼しいな 長閑だな

 連れ合いが読むのは ”阿片戦争”

 私は軽く、林真理子の ”anego" 一気に読破

  蝉の声を聴きながら少しまどろむ

 冷えた寒天を菱形に切る。 バナナを切る。 プラムの皮を剥く。黒蜜をたっぷり餡もたっぷり 

 日曜日・午後のひと時、2人でお八つを食べる

 「甘さが足りないねぇ。。。」 「?・・・・・・」

 ヒグラシ蝉がカナカナカナ鳴き出せば夕方。。。

 オリンピックも最後のフィナーレ

 明日には港に第一便の船が着く

 いよいよ来たか! 連れ合いと私の忙しい秋*****

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2008年8月12日 (火)

◎帰ってからの宿題♪♪♪

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  Englishで、話が出来るようになったら地球を旅しようね

 小学6年の姪っ子と若い叔母ちゃんの会話 

  Minminおばさんの孫と娘の珍道中が始まる・・・     

 半年を経て、中学1年になった彼女は(3月31日生まれ、同じ齢の子は6年生)この夏、自分でパスポート申請に行き、5日後赤いPhoto_2 パスポートを手に入れた  

 格差、格差と騒いでいるが、衣食住に全く不自由なく暮らせる日本が如何ほど恵まれているか身に沁みてわかる国を旅しよう・・・

 アメリカやヨーロッパじゃあ、見た目が日本と変わらない。 突然インドじゃショックが強すぎる

 光り輝く島・スリランカに行こう<<<

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 Harunaのお出かけは何時もママと一緒。 千葉から外に出た事がない 

 ああ~それなのに、それなのに、成田空港からバンコクまでは一人旅 過保護に育てたママがオタオタするのを尻目に行く気満々の彼女は・・・・・・

 空港内で国際携帯をレンタル、使い方は即インプット 他人には丁寧な言葉遣いで対応、心配なし・・・・・

 持ち物チェック準備万端整えて10日の早朝 「行ってきま~~すッ」

 彼女は若い叔母をNORIちゃんと呼ぶ!

 2週間の道中、厳しい特訓を受けるだろう

 ゲーム機・漫画・持参禁止・TVはちんぷんかんぷんだろうね(シンハラ語・タミル語)

  ローマ・フランクフルト・バンコク・乗り継いで来るNorikoと果たして???

 バンコク乗り継ぎカウンターで合流できなかったらアウトだが、 「大丈夫だよ~ん」 ドキドキはママだけ。。。

 他の家族は「聴こえる耳・お喋りな口・見える眼・丈夫な身体・考える頭脳があればOKだよ

 1人で行く子ども、 送り出す親、 迎える若い叔母ちゃん、何れも度胸満天である

 学校の宿題は出来ないかも。。。

 100回・1000回・同じ話を聞くよりも、実体験で得たことを、吸収出来るチャンスは怱々ありはしない

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 敬謙な仏教徒。純白のサリーは祈りの衣装

 歴然とした暮らしの格差は日本の比ではない

 2004年巨大な津波被害に遭ったが完全なる 復興には程遠い。。。

 この国では今も内戦が続いている。

 タミル・イーラム(解放の虎)と政府間の停戦合意が1月16日失効以来、公共機関を狙った自爆テロや爆破事件が相次いで発生<<<<<

 数百人が死んでいる4月・5月・6月と。。。。。

 列車・路線バス等、不特定多数が利用する公共機関の利用は可能な限り控える!

 政府主要機関及び軍・警察等の施設や車両に接近しない!

 多くの人が集まる公共の場所や施設等は周囲に注意し、滞在時間はなるべく短く!

 警戒中の警察官や兵士の指示に従う!

 外出の際にはパスポート等身分証明書を何時でも提示できるよう携行する!

 暢気な旅では決してない 緊張と緩和のバランスを学ぶ大事な場である!!!

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 何があろうと動じない。弾ける笑顔で暮らすスリランカの人々。 今日も明日も。

 野良象・野良牛・凸凹道・紅茶畑で働く貧しい人々・吸い込まれそうな碧い空

 ママの心配を他所に始めての一人旅に挑戦した彼女は何を得て来るだろうか

 既に次の行き先を決めている。中国だ

 ニーハオ~~*****

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2008年8月 9日 (土)

玉手箱を開ければ***

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    「もしも私が不死身なら」      

                                     牟呂中 2年A組

もしも私が不死身ならどうであろう。 これから後世のことも知ることが出来るし、原爆マグロもビキニの灰も恐れない。 紀元前に生まれたとしても戦国時代に武田信玄や織田信長、徳川家康、上杉謙信などと戦っても絶対死なないし、友人が皆 死んでしまっても私だけ一人ぼっちで生きている。

そうなるとちょっと淋しい気がしてくるでしょう。 それに、ただ不死身と云うだけでは面白くないので、総理大臣になってみたり、時には乞食のような人になったりして自分だけの楽しみだけではなく人の苦しみや喜びを味わってみて,始めて人間として生きる喜びや価値を感ずるのだと思います。

いくらお金持ちでも、映画スターのような人気商売でも陰には、いろいろな苦しみや悲しみがあるのだろう。

不死身になったとしても、嬉しい事もあるし苦しい事もあると思います。 

あらゆる人の喜びや悲しみ、苦しさを知っていたら不死身となって何時までも生きていてもよいが、第一不死身なんてギリシャ神話のアキレスくらいのもの 。アキレスだって神話の人なんですから。  

空想だからいいようなものだけど、いつまでも死ということを忘れて生きていたらどうでしょう。

仲良しの友だちの祖先がどの位出世したか、 吉田さんは首相を辞めてから、その家はどのようになっているかを百年も二百年も後まで知っていたら。

とに角、つまらない空想ですよ。

後、一年で卒業する自分の身の振り方でも考えるなら別だけれど。

でも空想するという事はとても楽しいような気がします。

一人ぼっちで淋しい時は空想にふけってしまえば淋しさはいつか忘れ去ってしまい新しい希望がむくむく湧いてきます。

空想は私にとって良い影響を与えてくれます。

しかし余り無理なことまで考えるとかえって自分というものを見失ってしまうかもしれません。

希望の喜びでいっぱいになるようにこの一年を有意義に暮らすことにしましょう。  

おわり

(評) ちょっとおもしろい問題だな。 かってに空想することはどんな人にも出来る。 でも、なるべく美しい夢を見よう。

文は上手くなったがもう少し書いてから読みなおして余分のことばをなくすようにしよう。  八田 

      

国語のテスト・86点でパチパチパンチ(タンコブ出来ちゃったよ。平成の親どもならば即、教育委員会でポコペンだよ!) を貰ったIkukoです。先生お元気ですか 54年前の作文と書評です

(自身の評)  将来の展望が見出せず、明るさの無い文章。 屈折した性格の子どもだったんだ! 努力の欠片も無く空想の一文字で自信のなさをカバーしている横着者。未だ変わらず・・・

   

押入れの奥にひっそり隠れていた、古くて汚い段ボール箱発見 

半世紀以上前、小学6年の答案用紙から中学時代のテスト・作文、17才~20才の日記7冊。 

紙質も悪く、鉛筆の文字も薄くて読みにくいが、改めて読み直せば余りの面白さに辞められない・止まらない、カッパ海老せん、カルビーなIkuちゃん

古びた箱の中身は私の青春そのもの

”人間は考える葦”と云われるがこの私ときたら半世紀前から全く進歩しとらんやんか

今朝のツクツクホーシは殊のほか賑やかに鳴いている

15日は「敗戦記念日」  猛暑の内に早くも秋の気配あり*****

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2008年8月 4日 (月)

北京オリンピック***

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  私たち5人組オリンピックマスコットで~す

  パンダ聖火チベットカモシカツバメよ。 5人の名前を併せて「北京へようこそ」って云うの

 各国の選手団は事前練習を日本や韓国でやってるって云うじゃない、ちょびっと淋しいな~

 面子を最も重んじる我が国は温家宝首相を筆頭に何が何でもオリンピックを成功させるにきまってるわよ

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 エアポート・汽車(バス)・火車(列車)・地鉄・会場・すべてチェック&チェックするのは日常茶飯事何時もと何ら変わらないですよ

 「星野Japanを観たいさかい、チケット買うたろおもたんやけど60万やて!アホらしい。。。テレビで観とこ」・・・ そんなん冗談でしょッ

 大気汚染で死ぬのは嫌だって出場辞退したマラソン選手居たしねぇ。。。   

 中国国民は政府のお達しには決して逆らわずに一致協力して、もくもく煙を出さないよう、車も走らせず

 貧しいながらも豊かな水田に囲まれていた河北省農民は昨年から北京に水を提供(強奪かも)し見渡す限りのトウモロコシ畑に変身した田園で日々の暮らしに必死である

 もはや、満々と水を張った豊かな田園風景を取り戻す事は殆ど不可能であろう。 農民の暮らし方に変化が現れるのはオリンピック宴の後

 ところで*****

 Minminおばさんが要らぬ心配したのは水

 巨大なプールの水は全部ミネラルゥオ-ター?てな訳ないよねぇ。。。

 洗顔も歯磨きも×××肌荒れ酷く、口濯ぎなんて勿論×よ これで下痢になる人多し・・・

 水道栓ひねって、ガブガブ水飲んで大丈夫なんは日本だけですッ

 火車の窓から見た煤煙で真っ白になった黒い牛や緑の木々が雪を被ったように白い樹に変身した風景を思い出したわ。 あの地でとれた米の行方は???

 まあ、いろいろ憶測してもねぇ、なるようにしかならへんやろ (投げやりってことじゃないよ)

 厳重な警備隊に見守られて観戦するのも相当しんどいやろなぁ~~

 選手団のみなさん、 加油(がんばれ)加油(がんばれ)ファイトぉお~~~

 中国国家の威信にかけてオリンピックはいよいよ幕が開く。 料理も最高・接待も最高・没問題(メイ ゥエンテイ)だと思うMinminおばさんのつぶやきでありまする*****

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2008年8月 1日 (金)

古家を磨けば***

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 築50年の我が家は町内一の古家、今どき珍しい平屋建て

 鎮守の森と田畑に囲まれ、雉の親子がピョコピョコ歩き、蛇・野うさぎ・諸々の虫たち・白鷺・青鷺・様ざまな小鳥・半端じゃないハエの群れ。。

 犬、ネコ、矮鶏、ウサギ・放し飼い。

 龍ヶ池には無数の魚や食用蛙・星の数より多い蛍の光は目映いばかりであった。

 月日が経ち、田畑は潰されて次々家が建ち並び森も池もなくなった。

 お~い<<<鬼やんま<<<出て来~~い

 ぐわ~ん・ぐぁわ~んと喧しかったショックゥ(蛙)も公園の化石になってしまった。

 戦争前から住んでいる農家も御殿のような家に変身、10軒しかなかった町内が今では400軒に膨れ上がり田畑と共に愛らしい小動物も消え去った。

 昔のまんま残っている只一軒(6畳・4畳半・7畳の縁側・6畳のキッチン・6畳の玄関周り)が私の家でござんす。

 都会に住む娘は帰省する度に、古家を徹底的に掃除する

 古いものほど味わいがあるのよ、汚いところを隠しちゃダメ

 ささっと一拭き毎日続ければピカピカよ

 お説教されるんです    トホホのホ

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 夏は涼しく、冬暖かいので空調設備は無い

 鹿島建設が建てた土壁の造りは頑丈で間取りは全て京間、ゆったりしている。 地震にも耐えられそう。

 ちなみに夜はネコ1匹が留守番している。正しくはニャンコの家で私と連れ合いは居候である

  我が家の歴史が詰まっている古家を磨く! 

 オットット・・・忘れちゃいけない、自分磨き、頭はシャンプーするだけじゃないよ。脳みそ鍛えてハートもバッチリ磨いてね

 娘からの厳しい忠告でありまする*****

再見

        次回は北京オリンピックについて

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