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2006年6月10日 (土)

新幹線から飛び降り自殺///

草木も眠る丑三つ時 (う~ん、、ちょっと表現が古いかなぁ。。。) 2メートル近く伸びたススキが風も無いのにさわさわ不気味に揺れる!

 周囲を照らす灯りは無い! 懐中電灯は持っているがスイッチを入れると嫌でも目に死体が飛び込んでくる!       

事件の内容は以下である。 浜松駅を出発して間もなく次の停車駅新豊橋、列車は二川のカーブを曲がる段階で徐々にスピードを落として行く!

その瞬間、異常を報せる装置が作動した!  すわ何事!!!と思う間もなく新豊橋駅に到着! (急停車しても駅に着く距離だった)

非常扉が開いているではないか、嫌な予感が満々・・・・・△×△×××・・

車内に異常がないか点検する。 次に異常を感じた場所の線路内の点検!   最終列車だったので乗客に多大な迷惑が掛からなかったのは幸いだが屋外捜査は鉄道保安員の仕事、区間を決めて、二人一組で深夜の線路周辺を見回る。

扉が開いていたのは飛び降り自殺だと経験で判る保安員達は武者震いする。  見落とさないよう一寸刻みで歩を進めるが草木に覆われた暗闇を懐中電灯一本で探すのは容易なことではない!  二川あたりから豊橋駅方向にそろりそろりと歩を進める。

ゆらゆら揺れる草木と自分の靴音が不気味に響き思わず身体が硬くなる!

一定区間を往復すること3時間余り、 「あわわゎっ、、、ほとけさんだっ・・・見つけたぁ。。。」 それは無残に変形した死体であった!

電柱にぶち当たり頭を強打したまま防御壁に約20~30メートル血の線を描いている。  靴下は脱げ靴も無し、激突した際、水分と血液が殆ど抜け落ちて小さくなった死体がころりと転がり落ちている。

携帯電話がない時代だったので一人が現場に残り、一人が幹線内にある電話の場所まで走る・走る・ この時、死体と一緒に現場に残る保安員は仕事とは言え膝がガクガク震えて相方を待つ僅かな時間も気が遠くなるほど長く感じるそうだ。

「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・ブルブルぶるぶるるるる・・・」小便ちびりそう!!! 懐中電灯の灯りを点けても怖い!消しても怖い!

朝明けやらぬ頃、 我が家から50メートル先にある東海道線東踏み切り脇に突如白いテントが張られた。 (解剖が始まる)

バタバタと人の出入りが激しくなり警察、野次馬人だかり、狭い道路は通勤通学時間と重なってパニック状態!!!

この騒ぎを連れ合いと私は暫くの間気付かなかった。  新幹線土手の真下にある我が家の庭に見慣れぬ黒い革靴が片方落ちていたのが事件を知ることの始まりであった。

防御壁が出来て数日後のことであり、もし壁が出来る前なら靴だけでは済まない。 当時はJRと云う名称ではなく、国営企業国鉄であった! 親方日の丸経営でどこか間が抜けていて防御壁の下部が20センチ以上開いていたので小動物など出入り自由って感じ! 

子ねずみが新幹線に衝突しても車体は凸凹へこむらしい!

靴が飛び込んで来るくらいだから死体の部分も当然散らばって落ちるはずだと連れ合いの大阪狸は云う!

即、鉄道保安員数十名がバケツと割り箸(長いもの)を持って1列縦隊で一寸刻みに捜索活動開始<<<<<

庭の草木の間、屋根の上、畑部分と隈なく捜索する。  どうやら遺体は電柱にぶつかったのと駅停車準備、カーブ等でスピードが落ちていたのでバラバラにはならなかったようであるが東海道線豊橋東踏み切りから隣家の壁裏まで約40メートル、乾いて焦げ茶に変色した血痕がこびり付いて不気味だと保安員の言。。。

人間の体は90%以上水分で出来ているので飛び降り自殺でバラバラになった場合、全部拾い集めてもバケツ一杯に満たないそうだ!

着衣の一部分でも全部見つかるまで探す! 最終駅大阪で車両の下に巻きついている靴下発見! 鉄道保安員の仕事は大変だわ!

豊橋寄り浜松から大阪まで髪の毛の一本まで探さなければ仕事は終わらない。

人一倍縁起担ぎの連れ合いの厳しい叱咤激励を受けて保安員は汗だくである!

翌日警官がやって来た。。。。。続く。。。。。

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2006年6月 2日 (金)

中国・火車の旅***

***「わぁ~~見て見てぇ・・・白い牛じゃん!いっぱい居るよお~。。。」車窓から眺める田園風景、あちこちに点在して草を食んでいる牛の群れ、白い牛を初めて見た。  

”牛と田んぼ” 私が子どもの頃、日本でも極当たり前の光景だったが数十年ぶりに牧歌的な気分に浸った。

火車のスピードは速い! 暫く同じような風景が続く、見渡す限り田・田・田・牛・あひる・牛・あひる・川をはさんで点在する農家数軒。。。。。。。。。

不意に車窓に映る木の連なり、、、「あれ・・・?木が白い・・・?」緑の木ではない。 

見えてきました。 低くて太い煙突から、もくもくもくもく白い煙が吐き出でています!  黒い牛や緑の木々が白くなっていたのは煤煙の所為だった。

完全なる煙公害であります。 何を作っている工場なんだろう?       此処に住んでいる人々はよく病気にならないもんだ。 いや!既に何らかの症状があって当然だと思う!

今日も明日も明後日も、低くて太い煙突から、もくもくもくもく吐き出る白い煙を住人は体内に蓄積し、田畑の作物も悲鳴を上げているのでは。。。。。

火車は旅人を乗せて周りの風景など我関せずと走り続ける。 車内では次から次から売り子がやって来る。

新聞・弁当・お茶・フルーツ・菓子類・日本の新幹線内では一人で売るこれらの商品を火車内では一点づつ販売服務員が担当する仕組みらしい。

新聞売り、弁当売り、お茶売り・・・・と云う具合に! 車両内は服務員が多人数働いている。 人口が多いので仕事も割り振っているのであろうか?

トイレは各駅停車5分前になると鍵がかけられる。 どうやら車外に垂れ流しのようで、  びゅんびゅん走っている間は使用可、トイレの横に水置き場があり、乗客が使用する度に清掃をする服務員が常時待機している。

トイレを使う度に掃除をするようになったのはSARS発生以降で、それ以前は物体がてんこもり、便座も周囲もビショビショでとてもじゃないが入る気にならなかった。。。腹痛は厳禁!心して体調管理しないと旅は出来ません。

線路の上に大小の物体を撒き散らしながら目的地目指して火車は走る。

日本の列車も昔は同じだった。 線路上は肥やしが効いていたのよん。。

列車内の座席は軟座・硬座・と別れていて料金も軟座はおおよそ倍の値段である。 料金の高い座席から売れていくので火車に乗るなら駅には1時間以上前に行く事!

切符の売り手は座席の事など全く意に介さず、片っ端から売りさばいていくので例え親子であろうと夫婦・友人同士・であろうと隣同士、向かい合って席が取れるなんてことは滅多にない。  

延々並んでやっと窓口に辿り着いたと思ったら、窓の向こうから無愛想な一言 「没有。。」  ええ~・・・そんなのあり~~。。。極当たり前の事らしく 誰も文句を言わない。グヤジィ~~!!!

去年この災難に遭遇しましたわん。 急遽変更したバスも中々切符が手に入らず、おんぼろバスを乗り継ぎ乗り継ぎやっとこさ上海に辿り着いた時には精魂尽き果てたっけ!                  

 今回は上手く買えた。

取り敢えず乗車してから周囲を見渡し、知らない者同士話し合いで席の交換を交渉する。  やれやれ疲れます!!!

この国の人々と語り合いたいなら硬座がお薦め! 筆記用具片手に文字を書き書き身振り手振りで大体通じるが、 椅子も硬く、乗客も千差万別、気を引き締めていないと荷物や財布とオサラバと云う憂き目に遭うのでかなりヘビーである!

火車旅の話は何時か又続きを乞うご期待!

再見

 

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